ぽろっぽの日記

-想いを言葉と写真で-

飽きっぽくてもいい。その時興味持ったものを楽しめばいい

飽きっぽい。あまり良い言葉ではないですよね。ちょっと前では飽きっぽい自分が嫌でした。でも最近は違います。別に飽きっぽくてもいいから、興味を持って取り組めるものがあるだけで自分の気持ちは満たされていることに気づきました。

 

その時に興味を持ったものをひたすらやると、毎日が充実していることに気づいたんです。はた目から見ると凝り性でかっこ悪く見えるかもしれませんが、それはあくまでその人の感想です。自分は凝り性、飽きっぽくても、その時興味を持ったことをやるのが僕にとっては幸せなんです。

 

だから最近は興味が移り変わっても良いと思うようになりました。その時にハマったものを楽しむことによって、別の可能性が見えてくるかもしれません。例えば、僕は高校の頃、車に興味を持ち、大学は機械工学を専攻しました。しかし、いざ入学するとすっかり車の熱は冷めてしまいました。そして今度は自転車にハマりました。日本中を旅しました。しかし、ある時から読書にハマりました。そんなこんなで興味の対象が色々変わっていきました。仕事では子供の頃の夢、鉄道会社に勤め、運転士にもなりました。しかし、仕事の興味、自分が求めている職場の環境を考え来年転職します。しかも次の転職先は今の仕事とは全く異なるものです。しかし、色々なことに興味を持ったからこそ、高校の頃では考えられなかった読書の習慣、自転車の旅、転職を経験することが出来ました。こうして振り返ると自分の興味を持ったのものに対して、素直に行動に移せたことで人生に彩を加えられたと思います。

 

このように僕はコロコロ興味の対象が変わっています。一時期はそれがコンプレックスともなっていました。しかし、無理に一つのことにこだわろうと思っても、それが僕にとっては苦痛でした。いっそ、その時興味あるものをやった方がいいのかと考え、ここ1~2年、そういう思考にシフトしました。そしたら結果的に自分に良いことが起きています。次の転職先もすんなり決まりましたし、ある時は自転車に没頭、ある時は読書に没頭など、気の向くままに行動した方が僕の場合、楽しく、効率よく生活ができるのです。

 

一つのことにこだわりを持ち、追及していくのはかっこいいと思います。一つのことに追求すると、周囲の評価や地位、名誉もついてくるように思います。しかし、同時に自分の可能性を狭めるリスクもあります。まだ自分でもどれを追求していいかわからないのに無理に絞る必要はないと思います。むしろ逆で、自分が興味を持ったことをやっていると、いつの間にか一つのことに追求していた。そんな感じなのかもしれません。色んな事に興味があるなら時間の許す限り色々やってみて、自分の可能性を広げるのも楽しいと思います。

 

今の僕はまだ一つの事に対して追求した経験はないですが、興味があること、やりたいことはあるので、一つにこだわらず色々やっていき、毎日を楽しんでいきたいと思います。