ぽろっぽの日記

人生、読書、健康、つれづれ。ー日々感じたことを言葉と写真で表現したいー

仕事帰りの車からの風景とつれづれ

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仕事帰りの車からの風景を撮ってみた。

僕は時々こういう何気ない風景を撮りたくなる。

みんな家に帰るのだろうか。

思い返してみると僕は都内までの電車通勤をしたことが無い。

それだけで恵まれてるのかもしれない。

あまり自分を悲劇のヒロインにしないで、落ち着いて考えてみよう。

案外なんとかならないような事でも、なんとななるかもしれない。

為すがままに身を任せる。

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明日からまた仕事だ

憂鬱な気分になるけど、やるしかない

グルグル悩みたくなるけど、少しでもいいから、どうしたら嫌な仕事が嫌でなくなるか考えてみよう

 

・明日の仕事のやるべきことを紙に書く

・仕事は人生の一部。そこまで深刻にならないように考える

・週末の休みの事を考える

 

この三つの中で一番今の自分に効果があるのは、週末の休みの事を考えることだ。それを考えると仕事の憂鬱から解放される。

 

最近ようやく自転車に乗れるぐらいの気力が復活してきた。

 

また今年はハイキングにもチャレンジしようと思うようになった。

 

なぜ気持ちが活動的になってきたのだろうか。

 

休みの日に自分のやりたいようにやるように意識したからかもしれない。

 

だらける時は思いっきりだらける。

 

無理に自分を律しようとしない。

 

気持ちが乗らないときは自転車にも乗らなければ読書もしない。

 

録画したテレビを見たり、写真集を見たりして好きなように過ごす。

 

辛い時は無理に活動的になろうとしない。

 

それが気力の回復につながって、また身体を動かしたくなってきたのかもしれない。

 

為すがままに身を任せる。

 

自分は特にそれがいいのだと思った。

 

 

 

僕は山を必要としている

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山からの風景を見たくなって自転車で埼玉の山を登った。

 

山頂に着くと、そこは秩父山地秩父市街を望める眺望の良い場所だった。

 

僕は山を必要としている。

 

山を登り、山からの景色を見ることによって心の塵が取り除かれる感じがした。

 

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仕事は能力と労働力で出来ている。ー僕の働き方ー

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自分を養うために、家族を養うために、趣味をするために、生きるために

 

これらを行うにはお金が必要だ。だから多くの人は労働者、いわゆるサラリーマンとなり、自分の労働力を会社(使用者)に提供してお金を得る。

 

不幸なことは必ずしも自分の労働力が自分の能力に見合っているとは限らないということだ。例えば労働力100を会社に提供するために、ある人は自分の能力の50%で済む人もいれば、120%の限界を超えた能力を出さないと会社の求める労働力100を提供できない人もいる。

 

もし会社が今まで労働力100を求めていたのに、今度は150を求めるようになったとしたら、ある一定数の人は脱落していくだろう。

 

ここで僕が言いたいことを以下にまとめてみる。

 

・能力は個人差があり、同じ労働力を会社に提供するにしても、個人によって疲労の度合いが変わってくる。労働力の質も個人差がでる(これを仕事の質という)。

 

・労働力の量は基本的に会社が決めていくもので、会社の求める労働力が個人の能力を超えたら、脱落する。

 

サラリーマンをやっていれば、あまりにも自明の事実だが、結局のところ、この能力と労働力のギャップを埋めないと解決はできない。

 

ちなみに職場の人間関係で会社を辞めるケースもあるが、これもある意味その会社に提供する労働力とみられるので、人間関係、対人関係も労働力としてみる。

 

ここから僕個人の話になっていく。

 

僕は仕事が嫌いだ。

 

嫌いの原因は能力と労働力のギャップだ。

 

じゃあ自分の何の能力が足りないのが原因で、提供する労働力に追い付いていないのか。

 

以下、思いつくままに箇条書きに書いてみる。

 

マルチタスクができない

 複数の業務が重なると頭がパニックになる。忘れることもしばしば。頭がパニックになることによって逆に何も仕事が手につかなくなる。

 

②他部署との連絡調整

 人に依頼したり、わからないことを聞くのがすごく億劫。一言で言ってしまうと自分の無知を知られたり、恥をかくのが嫌。

 

③解決方法がわからない問題に直面するとパニックになる。

 人に聞いて解決できることもあるが、そもそも人に聞くのが億劫。しかも解決方法がわからないことに頭がいっぱいになりどうしていいかわからなくなる。

 

④職場とのコミュニケーション

 職場の人は基本穏やかであり、かなり恵まれているが、それでも緊張して話してしまうことがよくある。変な汗をかいていることがたまにある。

 

⑤仕事のミスが起きることを想像して不安になる。

 これからやる仕事に対して、ちゃんとやれるだろうか、ミスしないだろうかとかなり不安になる。休日も仕事のことを考えて不安になる。

 

こうして書いてみると、対人や自分の心の捉え方の問題が大半を占めている気がする。

頭の中でもやもやと考えていることがどんどん不安を大きくしているのかもしれない。

 

以下に解決策を書いてみる。

 

A些細なことでも紙に書く

マルチタスクができない理由の一つとしては頭の中で整理できていないからだ。思い返してみると、僕は人の話を聞いてすぐに理解できないタイプだ。それよりも本とか文字に起こしてあるものを理解する方が得意だ。とにかく些細な事でもいいから紙に書くのがいいかもしれない。

 

②~⑤の問題は対人、自分の心の捉え方だが、これも僕の頭の中で常に不安に満たされているからだと思う。自分が何をすべきかしっかりと整理できていれば、今まで人に依頼したり、聞いたりすることがやりやすくなるかもしれない。そのためにはやはり紙に書くのがいいような気がする。

 

B知識を蓄える

そしてやはり日ごろから仕事の知識は蓄えなければいけいない。知識を蓄えることによって、わからないことも少なくなり、パニックが減る。

 

Cわからないことは人に素直に人に聞く

恥を忍んで人にわからないことは人に聞く。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥。聞くのが億劫だったら、まずは聞きたいことを紙に書いて自分の頭を整理しよう。また変なプライドは捨てて、自分はこんなことも知らな人と思われていいようにしよう。

 

仕事は能力と労働力で出来ている。

 

この定義が正しいなら、いかに自分の能力を上げ、そして労働力を減らすかが問題になってくる。

 

ここまで能力の問題に焦点を当てていたが、最後に少し労働力に焦点を上げていこうと思う。

 

僕は能力も上げることも大事だと思うが、それと同じかそれ以上、労働力を下げることも必要だと思う。

 

これは昨今耳にする働き方改革、生産性向上とは違う。これらの言葉の意味は労働力を自体は変わらず、労働時間を減らす分、個人の能力を上げるものだからだ。だから労働力自体は下がっていないので、個人の負担は変わらない。いやむしろ前よりもきつくなるかもしれない。

 

しかし、労働力を下げるということは会社に提供するものが少なくなるので、給料も減るということだ。

 

また基本、労働力の量は会社が決めるものなので、こちらから意図的に提供する労働力を下げることになる。ストライキが一番いい例だ。まぁそこまで極端なものじゃなくても、無理なものは無理というのをしっかり伝えることが労働力を下げることにつながるだろう。 

 

僕は自分の体調も考慮するとそれでいいかなと思っている。

 

昔の言葉で言うなら窓際族にいるポジションですかね。

 

長い人生、自分がどういうライフプランを送りたいかを考える時、ある程度、会社に提供する労働力のことも考慮しながら働くのは大事だと思う。

 

がむしゃらに働くと、それだけ会社の言いなりになってしまう。

 

能力が追い付く人ならいいが、僕は無理だ。

 

それで身体を壊したら元も子もない。

 

うまく自分の能力と会社に提供する労働力を見きわめながら働きたい。

 

 

 

朝のドトールで自分の体調を分析してみる

今日は夜勤なので朝寝坊できる日だが、朝の空いているドトールコーヒーに行きたかったので、少し眠たい目をこすりながら、冷え込んだ街中を自転車で走りながらドトールへ向かった。

 

思っていた通り、朝のドトールは空いていた。時刻は8時半頃。この時間帯だと通勤途中で利用する客層もいなくなり、一番空いている時間かもしれない。

 

平日なので周りが出勤している中、自分は優雅にコーヒーを飲みながら、パソコンをいじったりしながら(テレワークはしていません)ゆっくり過ごす。何とも言えない至福のひと時の時間だ。

 

そもそもなぜ僕が今日、朝からドトールへ行こうとしたのか。

 

多分、今の気持ちが少し躁気味(ハイな気分)になっているからだと思う。僕は双極性障害Ⅱ型(いわゆる躁うつ病)と診断されて、まだ軽い方ではあるが、やっぱり気分の浮き沈みがある。

 

昨日は仕事がそれなりに忙しくて、しかも夜は友人と電話していたので、気分が高揚する環境にいて、それが今朝にまで持ち込まれているんだと思う。

 

だからいつもは夜勤の日は朝寝坊するのに、今日はそれよりもどこかへ行きたい、何かがしたいという気持ちが強くなっているのだと思う。

 

気を付けなければいけないのは、躁状態になった後は今度はうつ状態が来ることだ。特に僕の場合はうつ状態がながい。うつ状態になるのを防ぐには、あまり躁状態の時に活動的にならずに、規則正しい生活を送ることが大事みたいだ。仕事もあまり無理してやらず、適度に切り上げて心身の休息を優先させた方がいい。後は薬をしっかり飲み続けることだ。

 

僕のこの症状は多分一生付き合っていかなければならないものだ。焦らず、気長に付き合い、うまくコントロールできるようになっていければいいと思う。

 

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ホッと一息。

通勤からの夢うつつの風景

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今朝は冷え込んでいた。通勤中の道では太陽の日を浴びた朝靄が幻想的だった。辺り一面が靄によって夢うつつの中にいるようだ。これから仕事で憂鬱だけど、そんな気分から少し解放させてくれる。


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霜がおりていつも通っている道が、どこか遠くへ来たような気分になる。

自分にとって良い休日の過ごし方

昨日は久々に遠出して自転車をこいだ。遠出と言っても世間では緊急事態宣言が出ているので、県境は越えず、夜8時までには帰宅した。

 

どこに行ったか言うと、埼玉県の三峰神社だ。去年三峰神社で買ったお札を返納したかったし、今年の分もまた買いたいと思い行くことにした。

 

車で行こうか、自転車で行こうか迷ったが、割と身体が元気になってきていたので(先日、有休使って休んだのが良かったのかもしれない)自転車で行くことにした。

 

家から三峰神社はさすがに遠いので、神社から30キロほど手前にある「道の駅あらかわ」まで車で行き、そこから自転車で行った。

 

三峰神社は標高約1100mの位置にあり、そこまでえっちらほっちら登っていった。

 

去年の夏以降自転車で山を登っていないからとにかくキツイ。途中休み休みゆっくりゆっくり上った。

 

バテバテになりながらなんとか神社までたどり着いた。お札を返納して、また新しいお札を買った。お守りも今年は買ってみた。

 

三峰神社は標高が高い位置にあるだけに、山深い中にあり、展望が良い箇所もある。いかにもパワースポットにふさわしい場所だ。今回はその景色を収めたいと思い、わざわざ自転車でリュック中に一眼レフを入れて背負ってきた。

 

今回カメラに収めた写真を掲載します。

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 自転車と山 ヘリポートらしい

 

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バテバテになりながら登っていく。奥の山並みの景色が素晴らしい。

 

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三峰神社までの遊歩道 下は駐車場

山深いところにあって、心が穏やかになる

 

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鳥居。両脇にいるのは犬ではなく狼

 

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お願いごとした。いいことありますように。

 

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境内に展望台みたいな場所があり、そこから撮影。雲海の名所にもなっているそうだ。雑念が取り払われ、思わず「あわれ」と言いたくなる。

 

こうした山々の景色を眺めると、頭の中でいつも仕事の不安や将来の不安などによって苦しめられているものから解放されていく感覚がある。冷たい冬の空気が顔や頭に当たりながら、山からの絶景を眺めると、頭の中がスッキリとしてなんとも言えないすがすがしい気分になる。

 

平日はいかに頭の中に余計なものが、ぎゅうぎゅうに詰め込まれてしまって、それが僕の心や身体の自由を奪ってしまっていることに気づく。

 

元気のある時は意識的に山に行って、そこで頭をスッキリさせることが今の僕に必要なことなのかもしれない。

 

今の仕事は僕にとっては辛いものだけど、他の仕事の条件からすると悪くはないから、辞めることには二の足を踏んでしまう。

 

辛いけど、とりあえず今の仕事はまだ辞めないつもりだ。でもこのままただ耐えるだけでは駄目だ。いかに仕事の負担を軽くさせるか、あるいは平日に溜まった仕事の疲れをいかに休日を解消するか、色々考えなければいけない。

 

何もしなかったらきっと僕はどんどんダメになる。

 

そうなる前にまだ身体がなんとか動くうちに方法を見つけなければいけない。

 

昨日、三峰神社で感じた気持ちはしっかり覚えて、休日の過ごし方のヒントにしていきたい。