人生において僕は悲観、楽観を含めた寛容さを求める

自分の人生が不幸であることを悟る

 

そしてそれに相応しい人生を送る

 

ひどく悲観的な価値観かもしれない

 

でも不幸である人に

 

人生なんとでもなる

 

人生は自分で切り拓くもの

 

こんな楽観的な価値観を一方的に押し付けるのは違和感がある

 

そこには不寛容さを感じる

 

人生において僕は悲観、楽観を含めた寛容さを求める

心を静めるには意識を腹の中に向けると良い

近頃気付いたこと

 

心を静めるには意識を腹の中に向けると良い

 

腹の中に意識を向けると、考えてるようで自分は何も考えてなく、何も感じていないことに気づく

 

逆に頭の中に向けると、余計にあれやこれやと考えてますます穏やかでなくなる

なんだかんだ良い一年だった

なんだかんだ今年もそれなりに良かった一年だったのかな。

正直、仕事で向上した実感はない。

いわゆる社会的価値観から見ると僕はこの一年変わっていない。

向上もしていないのかもしれない。

それでも僕はどんな写真を撮りたいのか、どんなことを書きたいのか、どんな風に生きていきたいのか

ほんの少しずつ、ほんの少しずつだけどわかってきた。

きっとこのほんの少しずつが僕にとってそれなりに良かった一年にしてくれた。

思いを言葉にする。気がついたら言葉にしていた。

僕は二年前よりはるかに言葉にする力をつけた。

これが今年一番にできることになったこと。

来年は何ができるようになるのだろう。

あるいはできなくなることも出てくるかもしれない。

それでも何かしらの発見があると思う。

発見を楽しみにして来年を迎えよう。

それでは良い年を

怖くなるとね

怖くなるとね

 

動くことをやめてひたすら考えるようになるんだよ


あるいはね


考えることをやめてひたすら動くようになるんだよ


動くときは動いて


考える時は考える


そんな風になりたいなぁ

まずはやってみよう

あれやこれやと考えずに


まずはやってみよう


動いてみよう


恥ずかしいことをやってみよう


僕に足りないものは機動力だ


自分を良く見せたいから


傷つきたくないから


良いものだけを見せようとする


ときにはカッコつけることも必要

でもカッコ悪いところを見せるのも同じぐらい必要なんじゃないかな


まずはやってみよう

いつの間にか今日は良い一日になっていた

パっとしない一日でも

 

さえない一日でも

 

夜の静かなコンビニで

 

常連のお客さんと店員が笑顔で話している

 

「今日はコロッケでもどうですか」

 

「おっ、いいね」「じゃ、それも一つ」

 

そんな会話が僕の気持ちを和ませる

 

僕はカフェオレを買って寒い外にでると、オリオン座が南の空に昇ろうとしていた

 

シリウスはひときわ輝いていた

 

星を見て僕の気持ちはまた和む

 

車に入って音楽をかけながらカフェオレを一口飲む

 

いつの間にか今日は良い一日になっていた

あなたは今日一日、楽しい日を過ごしました賞

自転車をこいでるときはこぐことを楽しむ

 

本を読むときは読むことを楽しむ

 

文章を書くときは書くことを楽しむ

 

美味しいものを食べる時は食べることを楽しむ

 

僕はいつの間にか楽しむ事を置いてけぼりにしてしまっていた

 

僕はいつの間にか「あなたは今日一日、立派なことをしましたで賞」すがるようになっていた

 

もう一度僕は「あなたは今日一日、楽しい日を過ごしました賞」をもらえるようになりたい