僕が伊香保温泉に魅了された理由

 夏の強い日差しを浴びながら石段を上っていくと、途中から階段の両側に、まるで児童が背の順をさせられているかのように店が立ち並んでいる。後ろを振り向くと、上毛三山の一つ、赤城山雄大に聳えている。赤城山を見ると虚心になり、自分の心を固くさせてしまっているものから解放させてくれる。そして、また階段を上っていく。

 

 踊り場に差し掛かると、上りの階段、下りの階段と二つに分けるように、真ん中には温泉が上から流れているのを、小窓を通して見ることが出来る。小窓を覗くと、水路が温泉の成分で茶色に変色している。顔を上げて、周囲を見渡すと、お土産屋、雑貨屋、喫茶店などがある。人はまばらであり、決して賑わっているわけではない。しかし、閑散という言葉もあてはまらない。そこには観光しなければいけいないという観光地ならではの義務感から解放されている。

 

 階段の途中には左右に細い路地がつながっていて、奥には店らしきものがある。伊香保温泉ならではの風景であり、まるで昭和の時代にいるようだ。そんな路地の中の一つを入っていき、今日宿泊するホテルに向かう。

 

 夕方前にチェックインして、さっそく湯に浸かり行く。露天風呂はなく、5~6人ぐらい入れる程度の内湯のみである。簡素な浴場であるが、源泉掛け流しの本物の温泉だ。湖の穏やかな波が浜に打ち寄せるように、湯が湯船からサーっと溢れている。ゆっくりと湯船に浸かってみる。湯は茶色に染まっていて、湯加減はちょうど良い。自分以外に宿泊客はいない。湯船の縁に腕をのせ、うつ伏せになり身体をのばす。ひたすら身体を湯に預ける。

 

 湯から上がり、部屋に戻って冷たい水を一杯を飲む。畳に仰向けになって寝ころび、うたた寝をする。

 

 1、2時間寝たのだろうか。起きて窓の景色を眺めると、夕暮れで桃色に染まった雲に抱かれた赤城山が見える。写真を撮るのももったいない。ただただ、この時間と景色を自分の心に留めておきたい。

 

 観光地に来たが、観光しに来たわけではない。心と身体を休ませたかったのだ。そんな場所を探し求めていた。そしてここにはそんな場所がある。僕が伊香保温泉に魅了された理由はここにある。