ぽろっぽの日記

-心に舞う蛍を追いかけて-

無理してポジティブ思考になると疲れる。ネガティブ思考も個性だと思えばいい。

みなさん、こんばんは。ぽろっぽです。この頃は寒くなりすっかり秋も深くなりましたね。何日か前に木枯らし1号も吹いたみたいで、いよいよ冬もやってくる季節ですね。今年も残り2か月となりましたが、風邪をひかないように、のんびりやっていこうと思います。

 

さて、今日のエントリですが、ポジティブ思考、ポジティブシンキング、いわゆる前向きにについて書きたいと思います。ポジティブ思考、ポジティブシンキング、などの言葉はいつから使われるようになったのでしょうか。いつの間にかそんな言葉が当たり前のように使われるようになった気がします。バブル崩壊後、日本経済はかつての勢いをなくし、日本人が「経済」という大きな精神的な支えを失い、後ろ向きになってしまったのも関係あるかもしれませんね。後ろ向きではダメだ。なんとかしなければいけない。そんな想いで使われるようになったのかもしれません。

 

みなさんはポジティブ思考ですか。それともネガティブ思考ですか。僕はネガティブ思考です。嫌なことや毎日のように「死」について考えちゃいますし、自己嫌悪もしょっちゅうです。好きなアーティストはレディオヘッドなど、暗い曲を出してるアーティストが好きです。こんな僕ですから、しょっちゅうネガティブのことを考えてしまいます。ポジティブ思考の人をみるとうらやましく感じることもありました。悩みとかなくて、人生楽しそうに見えますよね。それに比べて自分は・・・ 

 

このネガティブ思考を変えようと思い、僕は就職してからしばらく、ポジティブ思考になろうと意識していた時期がありました。ネガティブなことを考えないように考えないようにして、なるべくポジティブ、前向き、明るく振る舞う。嫌なことがあってもすぐに忘れよう、自分は充実した生活を送るんだ

そんな意識をもって生活していました。

 

でもやっぱり駄目でした。4年ぐらいポジティブ思考を続けましたが、これまでネガティブ思考だった人がそう簡単にポジティブ思考にはなれないんですよね。思考だけ意識してもかえって自分の身体に不自然なことをしていて、むしろ余計に心が疲れた気がします。結局のところポジティブ思考はその人に生まれ持った性格と、自信となる経験があってこそポジティブ思考になれるのだと僕は思いました。これまでの僕の人生を振り返ると、他の人にとっては本当に些細な事でも、自分にとってネガティブな経験を多くしました。そうしたネガティブな経験を得てポジティブ思考になるには、かなりのポジティブな経験が必要だと思いました。自分にとって自信となる経験とも言えるかもしれません。意識だけで思考そのものを変えられるほど人は単純ではないと感じました。

 

そんなわけですから、最近は無理してポジティブ思考になることはやめました。逆にネガティブ思考を受け入れるようにしました。ネガティブ思考も一つの個性だと思うようにしました。仏教の創始者、釈迦を引き合いに出すのは憚れますが、彼もネガティブ思考から今日まで世界的に信仰される宗教を作り出しました。ネガティブ思考は悪いばかりだけではないかもしれません。

 

ただ、以前のネガティブ思考とは異なることを僕はしました。それはネガティブ思考になっている自分を客観視しているもう一人の自分を意識下におくことです。そうすることによって頭がパニックを起こすことがなくなり、気持ちが少し落ち着きます。やはりネガティブになると気持ちが不安定になり、本人にとっては辛いことです。ポジティブになることは無理でもこのぐらいだったら僕にもできることでした。

 

ネガティブということはある意味、素直な自分の気持ちを正面から見ていることでもあると思います。自分の気持ちを素直に見なければ、自分の本心とは異なる行動にもつながり、まだ表れていない本当の自分の姿を知らないままでいるかもしれません。

 

僕は来年4月に転職をします。転職の理由は決してポジティブではありません。会社を中心とした生活になる自分が嫌だったというネガティブな理由がきっかけです。しかし、そのネガティブの理由があってこそ、自分のやりたいこと、目指したいものが少しわかったような気がします。また、ネガティブな気持ちをしっかり受け止めたからこそ、感動できた音楽や絵もあります。それが僕という人間なんだというたしかな実感がありました。

 

ポジティブ思考、前向き思考が全てではないと思います。ネガティブ思考も個性だと思って、どっぷりつからない程度にそっと見守ってあげるのもいいと僕は思います。