人間といふもの

人間といふもの

今は枯れ木だけど、たまたま陽に当たってないだけかもしれない

いつかは素敵な花を咲かせるかもしれない

いつもと違う角度でみたらあなたにとって大切な存在かもしれない

それが人間といふもの

 

みんなと同じ角度でみたらあなたは気づかないかもしれない

枯れ木が芽生えているのを

それが人間といふもの

 

色々な草木があり、花がある

だから色とりどりになって綺麗なんだ

それが人間といふもの

 

好きもあれば嫌いもある

それが人間といふもの

 

みんな同じだと世界は一色

みんな違うから世界はカラフル

それが自然といふもの

それが人間といふもの

 

 

桜川ー花見とはそんなものなのかなー

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今年はまだ花見に行ってない

でも通りすがりの桜を見て十分満足している

案外ふと立ち止まってみる桜が良かったりするかもしれない

だってふと立ち止まるぐらいだから

桜を見飽きたと感じても、つい写真を撮りたくなるもの

花見とはそんなものなのかな

春のお迎えに気をつけろ

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春は暖かくて気持ちがいい

ようやく長く寒い冬が終わり風が心地よい

でも春は危険な季節だ

年度末の仕事からようやく解放され

春の暖かさがより僕たちを迎えてくれる

何を迎えてくれる?

死神のお迎え?

僕は仕事帰りの自転車で

春があまりに心地がよく

その心地よさに一種の気味悪さを感じた

何かが僕を手招きして誘う

こっちにおいでと・・・

 

冬の寒さと仕事の忙しから解放され、

季節は変わり春になり暖かくなる

身体の緊張が一気にほぐされる

気を付けなければいけない

 

僕は死にたいと思ったことはない

でも今日みたいに暖かい日はそんな僕でも危ないと感じた

あまりにも穏やかすぎる

張りつめてたものが一気になくなる

その瞬間、心に隙ができる

その隙を彼らは狙ってくる

 

我に帰ろう

あなたはまだここにいるべき人間だ

あちらには行くにはまだ早い

 

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~少しでも多くの方が救われますように~

 

 

「生きる」ことの定義を変えるか、それとも環境を変えるか

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生きるって何だろう

こんな疑問は誰もが持ったことはあると思う。

日常の生活に疲れ、ふと心が緩んだ時に浮かび上がってくる。

僕にとって生きるっていうのは

 

寝て

食べて

排泄して

考えて

喜んだり

悲しんだり

怒ったり

 

ところが日々の仕事に追われたりして、食べる、寝る、考える、喜ぶなど

基本的なことが出来なくなると、僕の定義する「生きる」が出来なくなる。

そこで人は生きるって何だろうと考える。

 

僕の定義の「生きる」が出来なくなった人はそもそも「生きる」定義を変える必要がでるかもしれない。

あるいは「生きる」定義を変えずに「生きる」ことが出来る環境に身を移すことが必要かもしれない。

 

僕は「生きる」定義を変えたくはなかった。

寝て

考えて

喜ぶ

などを失いたくはなかった

 

前の会社に居続けるには「生きる」定義を変える必要があった。

僕にはそれが耐えられなかった。

だから僕は「生きる」定義を変えずに、環境を変えた。

「生きる」定義は人それぞれ

大事なことは自分の中で「生きる」定義を持ち、客観的に自分を見ることだと思う。

自分の生きる定義を思い切って変えてもいい

あるいは定義はそのままで環境を変えてもいい

自分なりに感じたことや考えたことをありのままに見ると

少しだけ自分の進みたい方向がわかるんじゃないかな

 

 

今日は違う方向から見てみよう

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いつも通ってる道だけど

今日は違う方向から見てみた

いつもと違う世界が見えた気がした

少しだけ子供に返った気持ちになった

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気付くとシャッターを押していた

カメラを始めるまで、雨の通りを撮ろうなんて考えたこともなかった

日常の世界を日常に見ない

少しだけ子供に返った気持ちになった

その日の体調、気分によって気分転換の方法を変えてみる

相変わらず調子が悪い日が続いている。

食べ物に気を付けてるお陰か、下痢もして割と弱ってたけど、今はお腹に関しては小康状態だ。

でも気分が優れなくて休みの日はぼーっとしてることが多い。

今日は休日だけど、何をしたいかよくわからず、午前中はうだうだしていた。

とりあえず布団から出たい気持ちはあって、起きたものの、ぼーっと音楽聞いたり、本読んだりしながら過ごしていた。

 

家にいても特に気分的に良くならなそうだったので、思い切って外に出ることにした。

近くの喫茶店でも行こうかと思ったが、あいにく席が混んでてゆっくり出来そうもなかった。

頭も痛くなってきて、もうこのまま帰ろうかと思ったが、帰っても良くならないような気がしたので、結局新宿まで行くことにした。

 

新宿に着いたら、よく行く喫茶店に入り、一息つくとようやくほんの少しではあるけど、気分が良くなってきた。

 

気分が優れない時はぼーっとしたり、横になったり、散歩に出たりするが、劇的に良くなることはない。ほんの少しだけ気分が落ち着く程度。

でもこれだけでも昔に比べたらかなり改善された。

昔はそんな自分に自己嫌悪し、ますます悪化させ、布団からほぼ出られない日を何日も過ごした。

今はそうなることがない。

この自己嫌悪をしないだけでもかなりの効果がある。

 

憂鬱な気分で休日を過ごすときに心がけてることは、自己嫌悪に陥らず、ただただ自分を冷静に俯瞰する。

今の自分の状態を可能な限り受け入れ、嵐が過ぎ去るようにただ待つ。

そして何か気分転換の方法が見つかりそうなときはそれを実行してみる。

 

今の僕にとって、何かの気分転換とは喫茶店に入って、ぼーっとすることだったり、こうやってブログを更新することだ。

自分の場合、気分転換をする際、下手に方法を絞り込まない方がいい気がする。

体調が割といい時は運動もいいが、あまりよくない時に無理して運動しても逆効果だ。

昔、とにかく休日は身体を動かすように意識してやったが、結局疲れてしまい、また布団にこもる生活を送ったことがある。

 

自分の体調や気分を見極めるのは難しいが、ふっと力を抜いたときに思いつくことをやるといいかもしれない。